2026.01.08
コラム/エッセイ「工芸文化の諸相」 第1回 漆塗りのスプーン
外舘和子=多摩美術大学教授、日本伝統文化検定協会副会長

小石原焼の皿と漆塗りスプーン(筆者提供)
「和食;日本人の伝統的な食文化」は2013年にユネスコ無形文化遺産に登録されたほど、国際的な評価を得ている。洋食と和食の違いは、食材の扱い方や、ソースの文化と出汁(だし)の文化などさまざまあるが、食器やカトラリー(スプーン、フォーク、ナイフなど)の違いも大きいだろう。
平らな円形を基本とし、色や模様も統一感のあるプレート状の洋食器に対し、和食器は豆皿、小鉢、向付、長方皿など個々に深さや形、サイズが異なる上、色も質感も多様である。洋食器の「そろえる美意識」に対する、和食器の「取り合わせる美意識」は茶道にも通じ、対照的である。食器の形状に従い、自然と盛り付けも、洋食は平面的に、和食は立体的に盛り付けられる傾向がある。提供される器のレベルが、料理人や店のレベルを示すこともしばしばである。
食器のうちでも和食を特徴づけるのは、塗り物の存在であろう。漆器の汁椀(わん)はもちろん、飯椀にも漆器が用いられることがある。さらに、塗り物は箸をはじめ、カトラリーに威力を発揮する。西洋のカトラリーは金属が基本だが、日本では木製や竹製の塗り箸のほか、今日では漆器の産地において漆塗りのスプーンなどが作られている。
私は十数年前から、金属製スプーンだけでなく、漆塗りのスプーンも愛用している。試しに、ヨーグルトを塗りのスプーンで食してみてほしい。金属のスプーンよりも、まろやかでとろりとした感じを舌全体で得られるはずである。プリンやゼリーも試す価値がある。カレーライスなども優しい味わいになるようだ。歯に当たる際も、いたってソフトである。
西洋で主流の磁器の食器はシャープな金属カトラリーにもふさわしく、また皿の上で肉を切る際には金属ならではの鋭い刃が必要だが、日本の食器には陶器も多く、和食は料理自体も箸で挟み、つまむという類のものが多い。笠間焼のある作家は「私の皿には、できれば金属のナイフなどは避けてください」と語っていた。木製などの漆塗りのカトラリーは、人だけでなく和食器にも優しい。
もちろん、金属のひやりとした感覚で食したい料理もあるだろう。要は、使用する器やカトラリーによって、料理の味わいが変化するということである。料理は、いうまでもなく五感で楽しむものだが、特に味覚は、視覚や嗅覚、触覚も含めたものである。卓上の風景を鑑賞し、器やカトラリーの手触りを楽しみ、口の中でさらに舌ざわりを楽しむ。漆塗りスプーンは、いわば西洋のカトラリー文化を日本流にアレンジしたものだが、そうしたアイデアが食文化を豊かにしていくのである。西洋の人々にも、漆塗りのスプーンでヨーグルトやスープを試していただきたいところである。
外舘和子
多摩美術大学教授、愛知県立芸術大学客員教授、工芸評論家、工芸史家。2002年英国テート・セント・アイブス「Kosho Ito Virus」をはじめ国内外の美術館・大学等で展覧会監修、図録執筆、講演を行う。日展、日本伝統工芸展、韓国・国際工芸ビエンナーレ、世界陶磁ビエンナーレなど国内外の公募展の審査員を務める。
受賞歴:2005年菊池美術財団論文賞(最高賞)、2014年台湾・国際キュレーションビエンナーレでベスト8に選出、表彰される。
主筆:「日本近現代陶芸史」(阿部出版)/「Fired Earth, Woven Bamboo: Contemporary Japanese Ceramics and Bamboo Art」(米ボストン美術館)/「中村勝馬と東京友禅の系譜」(染織と生活社)/「現代陶芸論」(阿部出版)
カテゴリー: コラム/エッセイ
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