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2025.09.04

コラム/エッセイ

歌舞伎三大名作を通して芸の継承―人間国宝の片岡仁左衛門さん

時事通信記者 中村正子

今月の歌舞伎座で演じている「菅原伝授手習鑑」の菅丞相(菅原道真)役は
片岡仁左衛門さんの当たり役の一つ

今年は松竹創業130周年。京都に生まれた双子の兄弟、白井松次郎と大谷竹次郎が明治中期に設立した興行会社は、長年にわたって歌舞伎の興行を担ってきました。その節目の記念公演が東京・歌舞伎座での「三大名作」の通し上演です。

歌舞伎の三大名作とは、人形浄瑠璃の作品を歌舞伎化した「義太夫狂言」と呼ばれる演目のうち特に人気の高い「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」のこと。いずれも竹田出雲、三好松洛、並木千柳による合作で、江戸時代中期の1746年から48年にかけて相次いで初演されました。中でも赤穂浪士のあだ討ちを描いた「仮名手本忠臣蔵」は上演のたびに大当たりを取り、万病に効くという薬湯になぞらえて「独参湯(どくじんとう)」とも呼ばれます。

現在の歌舞伎公演は、さまざまな演目の名場面や舞踊を並べて上演する「見取り(みどり)狂言」が一般的ですが、「通し狂言」では長い物語を全編通して上演します。3月は「仮名手本忠臣蔵」が好評を博し、9月は、政争に敗れて大宰府に左遷された菅原道真(菅丞相=かんしょうじょう)を題材にした「菅原伝授手習鑑」。10月には源義経をめぐる人々が主人公の「義経千本桜」が続きます。

この3作品すべてに出演するのが、歌舞伎界を代表する立役の一人で人間国宝の片岡仁左衛門さん(81)です。「声良し、顔良し、姿良し」。時代物、世話物を問わず多くの当たり役を持ち、情感あふれる演技で観客を魅了しています。大阪生まれで屋号は松嶋屋。柔らかな上方なまりに何とも言えない色気があります。

仁左衛門さんは「仮名手本忠臣蔵」で、史実の大石内蔵助に当たる大星由良之助役を演じました。公演前には四十七士が眠る東京・泉岳寺に墓参。「赤穂浪士のお話の人気の基は『仮名手本忠臣蔵』だと思います。由良之助はその頂点のお役。大勢の人を束ねる人物になるかが一番大事です」と言います。

9月2日に始まった「菅原伝授手習鑑」では菅丞相役を演じています。1995年の初役以来、7回目。8月中旬には道真公を祭る京都・北野天満宮で公演の成功祈願を行いました。「丞相さまというのは、全国にお社があって、多くの信者がいらっしゃる。『勤めさせていただける』という気持ちが大事です。演技という演技がないので、台本を読み込み、気持ちになり切って自然体で動くしかない」と役の難しさを語っていました。

道真公にとって牛は神の使い。公演中は同役を演じた父や祖父にならって、牛肉や酒を口にしない精進潔斎(しょうじんけっさい)をして勤めます。楽屋には「南無天満大自在天神」と書かれた軸を掛け、毎日、水と塩を供えるそうです。

10月の「義経千本桜」で演じるのは、奈良・吉野の下市村(現在の下市町)のすし屋の放蕩息子・いがみの権太(ごんた)。親に勘当された「ならず者」とされる人物ですが、仁左衛門さんは「ならず者とはちょっと違うよね。悪であっても許せてしまうような、かわいいところがある」と解釈します。大阪弁でやんちゃできかん坊な子どもを「ごんた」と言うのは、いがみの権太が由来。仁左衛門さんは「関西ではよく、『この子はごんたでしゃあないなあ』と言うんですよ」と目を細めます。

三大名作には歌舞伎のさまざまな演技方法が含まれ、今回の通し上演には芸の継承の狙いもあります。仁左衛門さんとのダブルキャストで9月の菅丞相に挑んでいる松本幸四郎さん(52)は「おじさま(仁左衛門)の菅丞相を次につなげる役目としての責任を感じながら勤めたい」と強調。仁左衛門さんも「伝統の本質を伝える、自分の修業の場やね」との思いで公演に臨みます。そして、後輩たちには「(私の)背中を見て、追い掛けてほしい。せりふや手順を覚えて終わりにせず、台本を深く読み込むと気付くことがある。役に取り組む精神を伝えたいですね」と期待を込めました。


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