2025.09.11
コラム/エッセイ「おだんご先生と巡る伝統和菓子」 第1回 みたらし団子に宿る地域色と甘辛の系譜
芝崎本実=十文字学園女子大学講師

加茂みたらし団子(筆者提供)
和菓子好きが高じて、地域の郷土菓子や日本伝統和菓子の調査や作り方などの研究をしている大学教員。好きな食べ物はお団子。ライフワークとして全国の団子を食べ歩き、「日本全国おだんごMAP」で情報発信をしています。趣味はお饅頭(まんじゅう)を包むことです。
私が大好きなお団子は、和菓子の中でも地域色が濃く、特に「みたらし団子」は歴史や調理方法なども含めて多角的に奥深い食べ物です。
その起源は京都・下鴨神社の「御手洗祭」にあり、御手洗池に浮かぶ泡を模して団子を作ったことに始まると伝わっています。当初は1串5玉で、一つ目の玉を少し離して串に刺す独特のスタイルは神事に由来します。現在も下鴨神社門前の老舗「加茂みたらし茶屋」では、この形を伝える「加茂みたらし団子」が名物として親しまれています。江戸に伝わると、3玉や4玉が主流となり、食べやすさや縁起の解釈が背景にありました。玉数の変化一つとっても、団子が地域や時代の暮らしに寄り添ってきたことがわかります。
みたらし団子の味わいを決定づけるのは、何といっても「たれ」です。室町から江戸初期にかけては、醤油(しょうゆ)主体の素朴な塩味が中心でしたが、江戸時代中期以降、砂糖の生産が盛んになり、醤油に砂糖を合わせた甘辛の味わいが確立しました。地域ごとにたれの姿は異なり、関西では昆布だしを加え、旨味(うまみ)を強調した醤油だれで熱々の団子を提供するのに対し、関東では甘味を強め、照りを重視したたれで常温提供することが一般的です。この違いは、昆布やだし文化の京阪地方と、江戸の甘辛文化の嗜好(しこう)を映しています。
また、地域によってはみたらし団子が存在しない例もあります。山口県など西日本の一部では伝統的に作られず、代わりに餡(あん)を使った団子や饅頭が中心でした。岐阜県などの「みだらしだんご」は「御手洗」がなまった名ですが、漢字にすると「身堕らし」と読めるため、縁起を担いで平仮名表記が多く使われます。さらに、地方では団子を「だご」や「だんす」と呼ぶなど、団子の名称一つにも、地域文化や人々の信仰心が反映されているのです。
現代においても、みたらし団子は多様化しています。コンビニや量販店では冷やしても硬くなりにくい配合に工夫され、観光地ではたれに黒糖や柚子(ゆず)を加えたり、彩りや野菜や木の実などのトッピングで見た目を工夫したりするなど新しい提供方法が生まれています。団子を串から外してカップに盛るスタイルも人気で、忙しい現代人や観光需要に寄り添った展開です。
一本の串に宿る玉数や、たれの味わいの違い。その背景には砂糖や醤油の流通史、だし文化の広がり、地域の嗜好や暮らしの変化が重なっています。みたらし団子は「甘辛の系譜」を体現しながら、日本各地の暮らしと価値観を伝える文化の証しといえるでしょう。
芝崎本実(しばさき・もとみ)=十文字学園女子大学人間生活学部食物栄養学科講師。女子栄養大学大学院修士課程修了。帝京平成大学大学院博士課程修了。大学教員として調理科学分野を専門とし、和菓子職人としての経験も持つことから、郷土菓子を含む和菓子などの研究を行っている。和菓子の歴史やレシピなどを掲載した著書も執筆。テレビ、ラジオの番組にも多数出演し、和菓子の良さを伝える「おだんご先生」としても活躍中。「おだんご日和」主宰。
カテゴリー: コラム/エッセイ