2026.02.26
白洲信哉の「多様なるジャパン」「多様なるジャパン」 第16回 拭漆
白洲信哉=文筆家、日本伝統文化検定協会副会長

写真左は拭漆欅彫花文小箱1928年ごろ、右は拭漆栃彫花文箱1970年(いずれも個人蔵)
塗りものに用いる漆は下塗りの「生(き)漆」と仕上げの「黒め漆」に大別され、第5回で触れた「根来」は木工の加飾技法なら不透明塗りに、「拭(ふき)漆」は透明塗りに分類される。字のまま下地の素地が見えるから透明なわけだが、木から採集した透明な生漆を何度も塗りこすり、拭き磨くことで艶出しする。またの名を「摺(すり)漆」というのも塗るというより摺り込むと言ったニュアンスが強いからで、「千度摺り」とか「千編摺り」などの言葉もある。回を重ねるうちに堅牢(けんろう)で、木理(もくり)がくっきりと現れ、肌もガラスのように滑らかで透明な深みが増していく。拭漆は、上塗りの黒め漆をあえて塗らずに、下塗りの生漆だけで塗るたびに乾かし仕上げるから大変な手間暇と根気のいる作業で、「忘れる程ほっとけ」というのが極意。乾かすことでしまり、手をかけるほど美しくなるのだ。
写真は使用前、使用後と言ったら失礼かも知れないが、人間国宝黒田辰秋さん(1904~82年)の作品だ。木種違い(左・欅=けやき=、右・栃=とち=)だが、左は黒田初期の作品で最も多用された拭漆仕上げ。黒田定番である彫花紋を蓋(ふた)に施している。日常使用することで角が丸くなり、僕らの言葉では「こんなに育ちました」と手に入れた時とは別物に、経年変化の使用感、気づきを感じる作品だ。一方、育ってはいない(右)が、木理の美しさという点では栃に軍配があがるように思う。生き物である木の中でも特に狂いやすい栃は、「ちぢみもく」と言って横だけでなく縦にも縮む性質を熟知し、そのむらむらした木理を生かしたのだ。
祖父母は黒田が親しくしていたこともあり、筆者が子どもの頃から正月などめでたい席に、黒田作の同じく拭漆欅材の大平椀が食卓を飾っていた。白洲が黒田を知るきっかけとなった椀だが、初対面で注文した折、制作するには欅一本買うので100個ぐらいになると言われ、白洲は小林(秀雄)を始め購入者を募り実現させる。「大ぶりな形と、飴色の漆がしっくり調和し、使っているだけでおおらかな気分になる」(白洲正子「黒田辰秋 人と作品」)。
黒田ファンには第13回で紹介した世界的映画監督もおり、山荘用の家具一式の依頼を受けると、木曽山中で楢(なら)の原木を入手し、一年かけて乾燥させた後、現地に長期滞在し制作を行った。塗料である漆を支えているのは「根来」同様に轆轤(ろくろ)、指物(さしもの)、刳り物(くりもの)、曲物(まげもの)などさまざまな加工技術による木地で、材は一本買い、用途に合わせ制作するのである。「漆を追求して行くと、木工に達する」(黒田辰秋)。木の特性を知った材の吟味こそが肝要で、ちなみに前回の杉は次第に痩せることから工芸品には不向きだと言う。
カテゴリー: 白洲信哉の「多様なるジャパン」
関連タグ: #木漆工