2026.03.19
コラム/エッセイ「おだんご先生と巡る日本の伝統和菓子」第4回春を告げる芳しい香り ― 桜餅がつなぐ江戸の風景と職人の知恵
芝崎本実=十文字学園女子大学講師

菓子屋・十万石ふくさやの桜餅(手前)と道明寺桜餅=筆者提供
桜の開花予想が聞こえ始める頃、本格的な春の陽気とともに色とりどりの花々が芽吹く様子には、自然の生命力が宿っています。とりわけ満開の桜景色は一瞬で季節を塗り替え、その潔い散り際もまた次の季節への移ろいを感じさせます。日本人が桜の香りを愛してやまないのは、厳しい冬を経てようやく訪れる春の到来を心待ちにする、切実なまでの期待感があるのではないでしょうか。
この季節、私たちの心を躍らせるのが、芳しい香りに包まれた「桜餅」です。桜餅の誕生は、江戸幕府8代将軍・徳川吉宗による都市計画と密接に関わっています。享保2年(1717)、吉宗は生類憐(あわ)れみの令以来途絶えていた鷹(たか)狩りを復活させ、隅田川近くの木母寺(もくぼじ)付近(現在の東京都墨田区)へ出向いた際、両岸への桜の植樹を命じました。その後も続く植樹により、墨堤(ぼくてい)を江戸随一の花見の名所へと育て上げました。興味深いのは、その維持管理費の変遷です。当初は幕府から手厚い費用が下付されていましたが、次第に減額されていきます。それは、花見客でにぎわう茶屋の利益で管理費を賄えるという、幕府の計算高い先見の明によるものでした。
この背景の中で、隅田川沿いにある長命寺(墨田区)の門番であった山本新六が、墨堤に舞い散る桜の葉を塩漬けにし、あんを包んだ餅を考案しました。新六の作る桜餅は江戸中の評判となり、その味がさらに多くの花見客を呼び寄せることで墨堤のにぎわいを不動のものにしました。当時の長命寺では年間で約39万枚もの葉を漬け込んだと算出されており、最盛期には1日1000人を超える客でにぎわったと伝えられています。
桜餅の特徴は、塩漬けにされた葉から放たれる独特の芳香です。桜の葉はそのままの状態ではほとんど香りがしませんが、塩漬けにすることで葉の中の成分が加水分解され、「クマリン」という芳香成分が出現します。この香りが餅に移り、塩味があんの甘味を際立たせることで、重層的な味わいが生み出されます。
桜餅を食べる際に議論となるのは桜の葉を食べるか否か。個人の嗜好(しこう)にお任せしますが、桜の葉にもこだわりがみられます。原料となる葉は、主に「オオシマザクラ(大島桜)」という品種が用いられます。他の品種に比べて葉が大きく、産毛が少なく滑らかで、香りの成分を豊富に含んでいるのが特徴で、あえて成長しきる前の小ぶりでやわらかい若葉を使用します。現在、この桜の葉の生産は静岡県伊豆半島の松崎町が中心となっており、全国シェアの約7割を占めています。その地域で親しまれている桜餅は「桜葉餅」といわれ、桜の葉を3枚重ねて、そのまま食べる桜餅になっています。また、葉で餅を包む手法は、古くからある柏(かしわ)餅や椿(つばき)餅と同様に、葉を「器」に見立てる日本独自の文化を継承しています。餅の乾燥を防ぎ、手に取って食べやすいという実用的な知恵にも感心させられます。
製法においては、小麦粉や米粉をベースにクレープ状の生地を焼く関東の「長命寺」に対し、関西ではもち米を蒸して乾燥させた道明寺粉を水戻しして作る「道明寺」が主流となりました。隅田川の長命寺から始まった桜餅は、明治時代以降に関西風の製法が考案されたことで全国へと広がりました。現代では、伝統的な姿を守る一方で、若者の嗜好に合わせた創作和菓子もみられます。例えば、あんと一緒にイチゴなどの果物を丸ごと入れたものや、生クリームを用いた洋風の仕立てで新しい桜餅の発展も注目されています。さらに、桜の葉の活用は餅にとどまらず、アイスクリームやケーキ、どら焼き、饅頭(まんじゅう)の皮やあんなど多種多様な菓子に取り入れられており、その香りは日本の春を象徴するフレーバーとして定着しています。
伝統的な製法と精神を礎にしながらも、桜餅は時代の変化に応じてその姿を変え、これからも私たちの心に春の訪れを告げる存在であり続けるはずです。
カテゴリー: コラム/エッセイ
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