伝統文化を知る

2025.10.16

伝検通信(メルマガ)

週刊メールマガジン「伝検通信」 第78号

週刊メールマガジン「伝検通信」第78号をお届けします。

今週のトップ記事は、NPO法人ウルシネクスト理事の中根多香子さんによる、漆器の修復(なおしもん)をめぐる話題です。

「クイズで肩慣らし」は、前回クイズの答え・解説と、「食文化」の問題です。

第3回伝検(2級、3級)は11月1日(土)から来年1月12日(月・祝日)まで実施します。申し込みは、こちらから現在受付中です。ぜひ、下記、公式テキスト、オンライン講座をご活用の上、チャレンジしてみてください。

伝検公式教材・参考書・サイト https://denken-test.jp/official_text/


目次

・ 「漆のこころ」 第3回 なおしもん
・ 「クイズで肩慣らし」 第77回=「食文化」
・ 伝検協会だより


「漆のこころ」 第3回 なおしもん

中根多香子=YUI JAPAN主宰、NPO法人ウルシネクスト理事

左が修復前、右が修復後(筆者提供)

◇欠けた日の記憶

うつわが欠けた日。それは初春の朝のことでした。祖父から受け継いだそのうつわは、繊細な沈金が施された麗しい蓋(ふた)もの。菓子入れとして、時には花をあしらい、暮らしを彩るお気に入りです。ところが、ふとした弾みに家族の服の裾が触れ、棚から落下。蓋が欠けた瞬間、時が止まったように感じました。

幼い頃に祖父と歩いた、輪島の朝市通りの面影が失われたさなかのこと。
慌てる家族に「大丈夫、輪島塗は直せるから」と声をかけながらも、かけらを拾う手はふるえ、心の奥には大きな穴があいたようでした。

◇うつわとの再会

それから1年が過ぎた頃、再び歩みを進める、なじみの塗師屋さんとお会いする機会がありました。欠けたうつわをお見せすると、「もちろん、お直しできますよ」と、迷いのない言葉が返ってきたのです。そのひとことに、気持ちがふっと和らぎました。

そして半年後。届いた包みをそっとほどくと、そこにはかつてのままの祖父のうつわがありました。どれほど目を凝らしても、欠けた跡は見つかりません。表面はなめらかで、指先でなぞっても継ぎ目すらわからないほど。淡い光を宿すうつわを手に包むと、心の奥からあたたかさが満ちて、涙があふれました。欠けたうつわと、失われた景色が重なって見えたのかもしれません。

◇伝統の技と誇り

程なくして訪れた輪島塗の工房展で、久しぶりにお会いした若い職人さんと立ち話をしていた時のこと。ふと祖父のうつわの話題になると、その職人さんが笑顔でこう言ったのです。「そのうつわ、僕が直しました!」

驚く私に、職人さんは修理の過程を語ってくださいました。
かけらを漆で継ぎ合わせ、沈金の細やかな文様には触れぬよう、内側から丁寧に補強。幾度も塗りと研ぎを繰り返し、強さと輝きを取り戻すまで時間をかけて仕上げたそうです。「難しいぶん、直しがいがありましたよ」。そう言って笑う職人さんの目には、穏やかな誇りがにじんでいました。

輪島塗は丈夫に作られていますが、長く愛用すれば、ヒビや欠けに見舞われることもあります。傷みの度合いに応じて工程をさかのぼり、一つの欠けを埋めるために注がれた根気と手間。そこには、受け継がれた技と、作り手の思いが込められています。

◇なおしもんがつなぐ未来

輪島では、このような漆器の修復を「なおしもん」と呼びます。「壊れたから終わり」ではなく、直して、継いで、生かしていく─。そこには、古くから大切にされてきた「つなぐ心」が、今もたしかに息づいています。欠けたものがもう一度息を吹き返すとき、私たちは、人と人をつなぐ深い絆に気づかされます。

なおしもんは、うつわをよみがえらせるだけでなく、人の心にもそっと灯(あか)りをともすもの。それは、未来へとつながる小さな祈りのかたちなのです。


「クイズで肩慣らし」 第77回=「食文化」

~伝統文化に関するさまざまな話題をクイズ形式でお届けします~

専門店のハリハリ鍋

第77回

問題:12月13日のすす払いの後に食べることが江戸庶民の慣習となり、その後、関西の関東煮やハリハリ鍋の具材にもなった食材は何でしょう。(答えと解説は次号で)


堺市の南宗寺(なんしゅうじ)は武野紹鴎と千利休が修行した場所で、
利休らとともに、今回出題された人物とその一族が眠っている

【前回の問題と答え・解説】
問題:茶の湯の天下三宗匠の1人で、その審美眼から安土桃山時代随一の道具の目利きといわれた堺の豪商は誰でしょう。

答え:津田宗及(つだそうぎゅう)

解説:
天下三宗匠と称される千利休、今井宗久、津田宗及はともに堺(現在の大阪府堺市)の商人でした。16世紀の堺は「東洋のベネチア」と呼ばれ、鉄砲貿易などで財を成した商人を中心とした自由都市。自治を担う会合衆(えごうしゅう)の中心人物だった天王寺屋3代目の宗及は、織田信長と豊臣秀吉の茶頭に任命され、「曜変天目茶碗」を含む唐物の茶器を150点ほど所蔵。和歌、華道、香道にも通じ、刀の鑑定にもたけていたといわれています。


伝検協会だより

第2回検定の受験結果情報を伝検公式サイトに公開しました。併せて、優秀な成績を収めた方らをたたえる表彰の受賞者9人(うち1人は2、3級のダブル受賞)を掲載しました。受賞者からは「検定を通じて、知識が増えることの楽しさや、新しい世界が広がる喜びを感じられました」「食卓の器や季節の行事、身近な言葉や習慣に込められた文化の意味に自然と目を向けるようになり、生活そのものに深みが増したように思います」「テキストや講座を通じて、学びが次々と広がりを見せ、さまざまな事象が密接に連関していることを実感いたしました」などのコメントをいただきました。詳細は過去検定情報|日本伝統文化検定をご覧ください。
受賞者には伝検ロゴ入りの表彰状に加え、今回は香川漆器の記念品を贈呈しました。「色合いがすてきで、一目ぼれしました。これを縁に香川漆器で食器もそろえてみようかと考えています」などの感想が寄せられました。


【編集後記】
今週のトップ記事の中根さんの記事を拝読して、思い出のある大切なものを直しながら使い続けることに感銘を受けました。形あるものは経年劣化しますが、日本の伝統文化の技術で使い続けることができます。このわざの継承を応援しなくてはと思いを新たにしました。

TOP