久米島(くめじま)

久米島紬(くめじまつむぎ)は、15世紀後半に、「堂之比屋(どうのひや)」という人物が、久米島に中国の養蚕技術を持ち帰ったことが起源とされています。久米島紬の特徴は、糸紡ぎから織りの全工程を一貫して1人の織子(おりこ)が手作業で行なうこと。染料には久米島の植物や泥を使い、織りは手投杼(てなげひ)を用いて丹念に手織りで織り上げます。それにより、久米島紬独特のしなやかな風合いと、素朴であたたかみある紬に仕上がります。

魚子文(ななこもん)

江戸切子は、ガラスの表面に刻み込まれた美しい文様が特徴。そのデザインは、いくつかの縁起の良い文様の組み合わせから成ります。この切子写真の文様は、切子面の細やかな光の反射が、まるで魚の卵が沢山連なっているように見えることから「魚子文(ななこもん)」と呼ばれています。古くは「魚」を 「な」と読んでいたことに由来します。魚子文は、金工や染織などにも見られる日本の伝統的な意匠で、 子孫繁栄の意味が込められています。

松羽目物(まつばめもの)

松羽目とは、歌舞伎の舞台の正面に老松を描いた舞台装置のこと。能や狂言をもとにして作られた演目に使われます。「勧進帳」は江戸時代に初めて松羽目を使って上演された演目と言われており、能や狂言のように格調の高いものにしようという理由から作られました。その他にも、能をもとにした「船弁慶」「土蜘蛛」、狂言をもとにした「身替座禅(みがわりざぜん)」「素襖落(すおうおとし)」など、多くの演目が現在でも上演されています。

初物七十五日(はつものしちじゅうごにち)

初物とは、旬のはしりや出始めたばかりの食材のこと。初鰹、初茄子、新茶、新米などとして、季節ごとにさまざまな農作物や魚介類が人々に楽しまれてきました。「初物七十五日」は「初物を食べると七十五日寿命がのびる」という意味。七十五日は初物が収穫される季節の区切りを指し、寿命については、江戸時代に処刑される罪人が死ぬ前に食べたいものを問われた際に、少し先の「初物」を望み、刑の執行時期が伸びて延命できたことが由来とされています。

最澄

日吉大社(滋賀県大津市)に伝わる「日吉社神道秘密記」によると、遣唐使として唐で仏教や大陸文化を学んだ最澄が805年に唐より茶の種を持ち帰り、比叡山の麓(現在の滋賀県大津市)に植えて栽培したという。現在でも日本最古の茶園「日吉茶園」として存続しており、毎年八十八夜には「茶摘祭」が行われ、日吉大社と延暦寺に新茶が献じられています。

エリザベス女王

龍安寺は室町幕府の有力者だった細川勝元が1450年に創建した禅寺。枯山水は、石や砂、植物、地形を利用し、水を使わずに水の流れを表現する庭園形式で、 限られた空間に無限の広がりを感じる石庭が室町時代の禅宗寺院で特に発達した。1975年にエリザベス英女王が龍安寺を公式訪問した際に石庭を称賛したことから、当時の禅ブームの後押しもあり、世界的に有名となった。1994年にはユネスコ世界遺産「古都京都の文化財」に登録された。

麻の葉文様

アニメ「鬼滅の刃」の登場人物、禰豆子(ねずこ)の着物の柄に描かれた「麻の葉文様」。正六角形を基本とする割付文様で、古くは平安時代の仏像の装飾などに使われている。後に麻の葉に似ていることから、「麻の葉文様」と言われるようになった。江戸時代に歌舞伎役者の嵐璃寛(あらし・りかん)が娘役でこの文様を用いたことより大流行。麻は丈夫で成長も早いことから、子どもの健やかな成長を願い、産着や子どもの着物などによく使われていた。

蒟醤(きんま)

漆芸の加飾技法の一つ。漆地に特殊な蒟醤(きんま)刀で文様を線彫りし、彫溝に色漆を埋めて平らに研ぎ出し、文様を描き出す技法。緻密な線と色彩の美しさが特徴だ。江戸時代後期の漆工職人である玉楮象谷(たまかじ・ぞうこく)がタイや中国から伝わった漆器技法を研究し発展させた。現在では香川漆器の代表的技法となっており、これまでに多くの蒟醤の人間国宝を輩出している。

イサム・ノグチ

米彫刻家イサム・ノグチが岐阜提灯に関心を持ったのは、長良川の鵜飼見物のために岐阜県に立ち寄った1951年。尾関次七商店(現オゼキ)の提灯工場を訪れた次の日には、二つの提灯をデザインしました。簡素なものの中に無限の世界を表現しようとするイサム・ノグチの哲学と日本的な美意識が結実した和紙照明「AKARI」。現在、多くの美術館、ギャラリーに展示され、その芸術性は世界中で高く評価されています。

火襷(ひだすき)または緋襷

火襷は備前焼の焼けの景色の一つ。1000年の歴史を持つ備前焼は「日本六古窯(ろっこよう)」の中で最も古い焼き物で、形造った素地を釉薬(ゆうやく)を掛けずに窯詰めし、松割木を使って長時間焼きしめることが特徴です。火襷は成形し乾燥させた作品に稲藁(わら)を巻き、焼成することで藁の燃えた跡が緋色に発色し、それが赤い襷(たすき)をかけたようだったため、火襷と呼ばれるようになりました。土と炎と人の技の調和により、素朴でありながら奥深い備前焼ならではの魅力が生まれます。

伝検クイズ バックナンバー

これまでに出題した日本の伝統文化にまつわるクイズです。伝検の試験問題に採用されるかもしれません。ぜひチャレンジしてみてください。

  • 日本の紬はある島に中国の養蚕技術が持ち込まれて発達しました。その島はどこでしょう。

  • 江戸切子の繊細なカットが光を受けて輝くさまから名付けられた文様名は何でしょう。

  • 歌舞伎で能舞台を模した舞台装置を使う「勧進帳」などの演目を何と言うでしょう。

  • 「食すと寿命が延びる」という意味の「初物」が入ることわざは何でしょう。

  • 805年に中国から茶の種を持ち帰り栽培した留学僧は誰でしょう。

  • 枯山水の石庭で有名な「龍安寺」を世界的に有名にした英国の王族は誰でしょう?

  • 吉祥文様の一つで世界的に知られたこの文様の名前は何でしょう?

  • 香川漆器で文様のくぼみに色漆を埋め込む独特な技法は何でしょうか?

  • 「岐阜提灯」との出会いから誕生した有名な照明「AKARI」をデザインしたのは誰でしょう?

  • このお茶碗の模様、何と呼ばれているか、ご存じでしょうか?

TOP